宇宙食「空飛ぶ円盤」(三島由紀夫氏)#1

婦人倶楽部に連載した三島由紀夫さんのエッセイの一部を紹介します。(連載日付は不明です。)

社会料理三島亭 宇宙食「空飛ぶ円盤」

夏になると、寝転がって満天の星空を眺めるというような心境に誰しもなるもので、そのときの私のきまって思い出すのは「空飛ぶ円盤」のことである。

私が「空飛ぶ円盤」に本格的な興味を持ち出したのは、フランスの新聞記者のエイメ・ミッシェルという人の書いた「空飛ぶ円盤は実在する」(邦訳)を読んでからで、この本を読んだ以上、円盤の実在は疑いの余地がないように思われた。ところが大岡昇平氏は、パリでこの本の原書を読んでから、「円盤なんてマユツバ物だ」と確信するにいたったというのだから、同じ本でこれだけ反対の影響を及ぼしたところを見ると、田辺貞之助氏の邦訳がよほどの名訳なのにちがいない。

一旦興味を持ち出すと、世間には空飛ぶ円盤の熱狂的なファンが相当多いことに気がついた。この道で有名な北村小松氏とは文士劇の楽屋でお初にお目にかかったが、氏が非常に残念がっておられるのは、氏自身が一度も実見しておられぬことで、その点では、空飛ぶ円盤を鎌倉山ですぐ目前に見られた森田たま女史にかなう人はいない。女史からその実見記を逐一うかがうと四十分たっぷりもかかるほどで、その描写は精細をきわめている。ニューヨーク在留の猪熊弦一郎画伯も、円盤狂では人後に落ちず、私との話は円盤のことばかり。今日も、むしあついニューヨークの夏の深夜、夜ごとに送られる円盤関係ニュースの特別番組を持つラジオに、いっしんに耳を傾けておられるのであろう。

私も一度どうしても大型のかがやかしい円盤が、夏の藍いろの星空の只中から、突然姿を現してくれるのを期待して、夏になると、双眼鏡を片手に、自分の家の屋上に昇らずにはいられない。これをわが家では「屋上の狂人」と呼んでいる。(つづく)

参考文献 UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史

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