宇宙食「空飛ぶ円盤」(三島由紀夫氏)#2

空にはときどき説明のつかぬふしぎな現象があらわれることはまちがいがない。それが大てい短い間のことで、目撃者も少なく、その目撃者の多くには科学的知識も天文学的知識も期待できないから、堂々たる科学的反駁を加えられると、自分の見たものに自信がなくなって、はっきりこの目で見たものも妄想のような気がして来るであろう。こうして葬り去られた目撃例は少なくないにちがいない。

或る日のこと、北村小松氏から電話があって、5月23日の朝5時ごろ東京西北方に円盤が現れるかもしれない。という情報が入った。

私は毎晩徹夜仕事をしているので、午前5時といえば、寝に就く時間である。4時半になると、待ちかねて仕事も手につかないでいた私は、妻を叩き起し、寝ぼけ眼の彼女を促して屋上へ昇った。私は双眼鏡を肩にかけ、妻はカメラを携えていた。

屋上はうすら寒く、そこへ昇るか昇らぬかに、日が東の屋根から顔を出した。

日の出というやつは、食紅をまぶしたお餅のようなもので、屋根に引っかかってなかなか上って来ない。ようやく屋根を離れるころ、真紅の色は卵黄いろに変り、そうなるとギラギラして、正視することができなくなった。空は完全に明るくなり、地平線上だけが薄紅と灰色におぼめいて、天頂はすでにあざやかな青である。すっかり夜が明けた空には神秘が少しも感じられないので、私はガッカリした。

屋上の片はじに坐って、西北方を眺めている。眼下の畑の緑が鮮明に、鯉のぼりの矢車がきらめいている。(つづく)

参考文献 UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史

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