UFOふれあい館の展示室のCIA秘密文書を見て驚かれるお客様が多くいらっしゃいます。
このCIA秘密文書は、荒井欣一さんから寄贈されたものなのですが、荒井さんがこのCIA秘密文書を入手したときも新聞等で次のように話題になりました。
”CIAといえば世界に名だたる米国の諜報機関。そのCIAがUFOについて秘密裡に研究を進め、調査結果を文書にまとめていた。このほど解禁されたその秘密資料を東京・五反田にあるUFOライブラリー(荒井欣一館長)が入手、一般に公開している。”
”その中身は、さまざまな目撃記録やUFOに関する調査報告で、なんといっても、あのCIAが熱心に調査していたものだけに信頼性は十分。”
CIAはこれまでこれらの文書の公開を拒否してきましたが、情報公開を求める市民運動が盛んになり、COUS(UFOの秘密政策に反対する市民の会)という団体が裁判所に提訴し、裁判に勝って公開に踏み切られました。
荒井さんは、その資料のコピーを米国にいる知人を通じて手に入れたわけです。
裁判の結果、公開された資料は935枚でしたが、これが全てではなく、残る57点が国防上の理由で公開されませんでした。
COUSは再提訴して最高裁まで争いましたが、国家の安全に脅威を与えるものであり、公開すべきではないと敗訴しました。
これに対して、荒井さんは、アメリカ西部でUFOが墜落し、搭乗員を捕まえているので、その調査記録もあるでしょうし、国防上の脅威になるどんな内容が隠されているのか大いに気になるとコメントしています。
それでは、公開された秘密文書にはどんな事実が書かれていたのかが気になるところですが、その一部を紹介してみましょう。
(1975年10月)アメリカ北部諸州のカナダ国境に展開している核ミサイル保有の戦略空軍基地に、一週間にわたってヘリコプター型のUFOが出現。厳重に警戒されているミサイル発射基地のそばまで降りてきて偵察行動をした。これに対して米空軍やカナダ空軍は、このナゾの飛行物体に対して攻撃体制を取るどころか識別することもできなかった。
(1969年)前大統領が当時ニュージャージー州のライオンズクラブの会合に出席しているとき、十数人の同席者と100メートルの距離から光る物体を目撃。
(1976年8月)チュニジアでUFOが目撃され、同国首脳からキッシンジャー氏宛に問い合わせの手紙が送付された。
(1976年9月)モロッコ上空でUFO目撃。同国のアンダーソン大統領がキッシンジャー氏に報告してきた。
(1976年9月)イラン上空で同国空軍機が複数のUFOと遭遇。ミサイルを発射しようとしたが計器の機能がマヒし、発射できなかった。
この内容で世界でUFOらしきものが目撃されていることは事実のようです。CIAが秘密裡にUFOを調査していたことや国防上の脅威を理由に公開されていない文書があることが疑惑の矛先になっていますが、国際的なUFOの調査機関が現在あってもいいのではないかと考えます。
参考文献 毎日中学生新聞(昭和57年7月19日付け)