さて初日の3月21日は、もう午前10時前から電話がひっきりなしに鳴りだした。頼みのスタッフはまだ来ず、妻と二人でアタフタしていたところへ、志水一夫君が来てくれた。早速、応対してもらって一時をしのいだ。その後、南山宏さんをはじめ、スタッフが続々つめかけ、これでひと安心と胸をなでおろしたのだ、時折かかってくる電話には、スタッフが順番制で回答した。
この間、私をはじめ各スタッフは、取材陣と一問一答。実況中継もあり、ほかに「FM東京」「岐阜放送」「RKB放送」などのラジオや「UFOと宇宙」「ムー」「週刊大衆」(2日間通し取材)が、当日の様子を取材していった。
ところが、第1日は予想に反して低調。各スタッフもいささか拍子抜けの態であった。3台目の増設電話のベルが鳴ったのは、1、2回程度だったと記憶している。
翌3月22日は、前日の低調さにもかかわらず、午前10時前からスタッフがぼつぼつ集まってきた。テレビ朝日ニュース報道班のスタッフ4人も10時ごろ来館し、館内の様子や電話応答の状況などを長時間にわたって取材していった。この日は、スタッフの一人として菲沢潤一郎氏も参加、待機してもらったが、前日同様、さっぱり電話がかかってこない。
ところが、テレビ朝日が午後5時半のニュースで、先に取材していった内容を約2分間流した時から、事態は一変した。
3台の電話は、ほとんど同時に鳴りはじめ、ベルの音が館内に響き渡り、一気に活気を取り戻した。スタッフは、次から次へとかかってくる電話の応対にてんてこまい。テレビニュースを見る余裕もないほどで、しばらくは館内も騒然となったが、約30分くらいで、ようやく電話ラッシュも落ち着いた。テレビの威力に、改めて驚嘆したものだ。とにかく、やや低調気味だったUFO110番も、最後にきてその面白を保ったといえよう。(つづく)
参考文献 UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史