空飛ぶ円盤と人間通~北村小松氏のこと~(三島由紀夫氏)#1

昭和39年4月30日付け朝日新聞に掲載された三島由紀夫氏が書いた記事です。

北村小松氏と親しくなったのは、わずか3、4年前のことである。もちろん少年時代から氏の文名は飛行機と共に知っていたし、わたしが文士になってのちも、お互いに文士劇の楽屋の仲間であった。しかし、奇妙なことに、氏と本当に親しくなったのは、空飛ぶ円盤を通じてなのである。

あらゆる空中現象に関心を持つ北村氏は、もちろん円盤にも深い興味を寄せていたが、まだ一度もわが目で見たことがないのを残念がり、同じ思いの私と、嘆きを分つことになった。ついに二人とも、どうしても円盤を見たいという熱情にかられ、某協会の円盤出現予告にある時刻を信じて、夏の宵々、わが家の屋上へのぼって、氏が東の空を受持てば、私は西の空を受持ち、熱い希望にあふれて虚しい時を幾度かすごした。そのうちに二人ともあきらめてしまったが、円盤関係の原書を渉猟している北村氏に、その後もたえず、私は教えを乞うことになった。

それは秘密結社のニュースのようなもので、「何か最近面白いニュースはありませんか」と私は氏をつかまえては訊くのであった。氏も、こういう、仕事を抜きにして風流人の付き合いを喜んでおられたようで、私ばかりでなく、氏は最後まで、空に興味を持つ青年たちの友であった。

私は今、いい小父さんを亡くした悲しみで一杯だ。今にしてわかるのだが、とうとう円盤を見ることができなかった代わりに、私は円盤よりも貴重な一つの純粋な交遊を得たのである。氏の内の決して朽ちない少年のこころ、あらゆる新奇なもの神秘なもの宇宙的なものへの関心は、そのナイーブな、けがれのない熱情は、世俗にまみれた私の心を洗った。氏は謙虚なやさしい人柄で、トゲトゲした一般小説家の生活感情なんぞ超越していた。(つづく)

参考文献 UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史

Share Button

内外タイムス「実在は信じてる」(三島由紀夫氏)

010701sonota376-trans昭和33年2月4日付け「内外タイムス」に三島由紀夫さんのことについて書かれた記事がありますので、紹介します。

「実在は信じてる」

先月十日にアメリカから帰国した三島由紀夫氏は、待ちかねていたジャーナリズム、演劇、映画関係者らにとっつかまって多忙を極めているらしいが、以下は新聞雑誌にも未発表の滞米中のコボレ話。

ボクは「空飛ぶ円盤」の実在を信じているんでね。日本でもその方の研究会に入ってるんだけど、まだいっぺんも実物にお目にかかったことがない。ところがアメリカでは日本よりしばしば現れるらしいんだね。だから向こうへ行って半年もいれば一度ぐらいは見られるだろうと思ってすごく期待してたんだけど、とうとうあわずじまいさ。そのために旅客機も夜の便を選んだりしだんだが…。

しかしね。アメリカでは円盤を信じないなんてのは相手にされないくらい一般の関心も研究もさかんですよ。日本じゃ研究誌もガリ版だが、向こうはちゃんと活版の専門誌が二種類も駅売りに出てるほどだし、ラジオでも午前一時の深夜放送に円盤の時間があるからね。そこでは見た人の報告やそれについての科学的な検討や解説がされるんです。いまニューヨークにいる猪熊弦一郎さんなんかも熱心に聞いている一人ですよ。

向こうの大学では日本の現代文学についての講演もしたんですが、たとえば石原慎太郎君について説明して、「彼は日本のエルビス・プレスリーである」などというとワーッと受けましたよ。

参考文献 UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史

Share Button

現代生活の詩(原文)

日本空飛ぶ円盤研究会の会員であった三島由紀夫氏が会のために書いた記事がありますので、紹介します。

「現代生活の詩」

これからいよいよ夏、空飛ぶ円盤のシーズンです。去年の夏は、熱海ホテルへ双眼鏡ももって行って、毎夜毎夜、いはゆるUFOが着陸しないものかと、心待ちにのぞいてゐましたが、ついに目撃の機会を得ませんでした。その土地柄からいっても、ヘタに双眼鏡に凝っていたりすると、疑はれて困ります。世間はなかなか高遠なる趣味を解しません。

宇宙に関するファンタスティックな趣味は、少年時代、稲垣足穂氏の小説によって養はれたもので、もともと科学的素養のない私ですから、空飛ぶ円盤の実在か否かのむづかしい議論よりも、現代生活の一つの詩として理解します。

今年の夏は、ハワイからアメリカ本土をまわる予定ですから、きっと円盤に遭遇するだろうと、今から胸踊らせてゐます。南十字星なんかより円盤の方がずっと強く、私の旅へのあこがれを誘うのであります。

参考文献 日本空飛ぶ円盤研究会宇宙機13号 昭和32年7月発行(素案) 三島由紀夫著(宇宙機原本は保有していません。)

 

Share Button