話がまたSF寄りになってしまったが、私がUFOや超常現象を考える場合、原点はあくまでSFにあるのだから仕方がない。むろんその種の現象をフィクションとして考えることではなく、SF的な発想や物の見方を一種の思考実験の道具、作業仮説としてこれらの現象を検証していくことが、最も有意義と考えているからである。
その意味で私の目をUFOという現象に開かせてくれた同志といっては失礼にあたる恩人が、この分野の大先輩であり、ほかならぬ前述の「日本空飛ぶ円盤研究会」の会長をつとめた荒井欣一さんである。この会は当時、三島由紀夫、北村小松といった有名人も参加したことで名をはせていた。まだヒヨッコ大学生だった私が、「宇宙塵」の会を通じて同研究会の末席にも加えてもらった時、すでに荒井欣一さんは、「円盤の権威」(当時はUFOという言葉はあまり使われなかった)としてジャーナリズムの注目を集めていた。そして現在もなお「UFOの権威」としてご健在である。
つい去年の秋、東京・五反田の自宅を小さいけれど立派な五階建てのビルに建て替え、その五階にこれまで収集してきたUFO関係の資料を展示する「UFOライブラリー」を開設された。UFO研究に関しては先進国である欧米にも、この類いのライブラリーはまだないはずで、世界的な快挙といえる。
残念ながら「日本空飛ぶ円盤研究会」は、もう十数年前に活動をやめてしまった幻の存在である。だが、荒井さんが日本のUFO研究界の中心であり続けていた理由は、その研究業績や会を組織し、運営していくオルガナイザーとしての手腕だけにあるのではない。
ひと言でいえば、おそらく荒井さんのあの何ともいえぬ包容力の大きい人柄のせいだと私は思う。決して強烈な個性の人ではない。むしろ謙虚でもの静かで、何でも柔らかに受け止めてくれる心の広さと誠実さ、それでいてシンは一本びしっと通っている、そんな感じの人である。この分野では私ははるか後輩なのだが、荒井さんは決して先輩面することなく、いつもまったく対等に応対して下さるので恐縮してしまう。私は生来議論好きな性格だし、アダムスキーみたいな「宇宙人会見者」ケースは強く否定したいほうだが、荒井さんにだけはとても議論を吹っかけ声高に言い争いする気にはなれない。そんな気持ちにさせてくれる人なのである。
正直いってこの分野でも、他の世界同様いろいろ角突き合いやら、足の引っぱり合いやらがある。UFOのような宇宙のロマンを相手にしていても、わがテンション民族の悪いクセは治らぬらしく、理論や研究姿勢の差異だったものが、すぐ感情的対立にすり代えられてしまう。そんな世界を20年以上もまとめてきた荒井さんは、ほんとに尊敬に値する。
今も荒井さんの元には、あらゆる世代のUFO研究家が慕い集まっているが、彼らの間で氏の悪口が言われたことなど一度もない。そういえば、荒井さんと親しい星さんは、私の顔を見るたびによくこうも言う。「荒井さんて、ほんとに人格者だね。あんな人はほかにいないよ」
そのたびに私は、自分がいかに非人格者かと言われているような気がしてきて、穴があったら逃げてみたい気持ちに駆られるのだ。私にとって荒井さんは、いろんな意味でかけがえのない人である。(終わり)
参考文献 UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史