UFOと遭遇した時の心得(UFOテレフォンサービス)

010701sonota389-transUFOと遭遇する人は、滅多にない幸運の機会で、一生目撃しない人がいるかと思えば、何回も目撃するというチャンスに恵まれた人もいます。しかし、ほとんどの人はUFOを見ていないと思うので、そのときの心得をお教えしましょう。

UFOという言葉や概念は知っているし、テレビ等でもしばしば登場しているので、何か不思議と思われる光や飛行する物体を見て、前後の見境なくUFOと信じ込んでしまい、あとで飛行機や流星と分かった場合、UFOの真の実在性が信じられないようになっていまいます。ですから、早合点は禁物です。

そこで、まず次のところに注意してください。昼間・夜間と言わず、空中を飛行しているものはたくさんあります。昼間は飛行機、気球、鳥、雲等、夜間は山中を走る車のヘッドライト、星、流星、人工衛星等です。そういうことを覚えた上で、冷静に、客観的に観察することです。非常に距離のあるものは、確認するのに時間がかかりますし、あまりにも早く消滅するものはまずUFOと考えないほうがいいでしょう。

参考文献 1989年2月15日から2月28日までNTTUFOテレフォンサービスで提供されたものです。

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UFOの里のスイーツはいかがですか

s-001福島市飯野町にある「UFO物産館」では、地元で作られたお菓子も販売しています。その名もUFOの形をした「UFOサブレ」とUFOの里と焼き印の入った「UFOまんじゅう」です。

このお菓子は、地元飯野商店街にある「二階堂菓子舗」で作られたものです。地元で作られるお土産って少なくなってきてますので、これが本当の名物なのかもしれません。

二階堂菓子舗のお店のほうでは、飯野YOSAKOIが大好きな職人さんがお菓子を作っていますので、「UFOふれあい館」にお越しの際は、お店のほうにもお立ち寄りください。

なお、お店では、和・洋菓子、季節のお菓子等を取り揃えて販売しております。(誕生日・クリスマスケーキも承ります。)

二階堂菓子舗
福島県福島市飯野町字境川52-2
024-562-2614

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首相のUFO談議

010701sonota384-trans報知新聞(1989年12月22日付け)の記事からの紹介です。

UFOライブラリー館長 荒井 欣一

さる11月、早稲田大学祭の際、海部首相は講演の後、あるグループの要請で、気安くUFOについてのインタビューに応じた。日本では、首相がUFOについて語るなど前代未聞。

首相は大分前に、外務省のある高官からUFOについての話を聞き、基礎知識を持っていたのか、スラスラと返事が戻ってきた。

内容の一端を紹介すると、首相自身はまだUFOを見た事はないが、「信じたいし、信じた方が夢があって良いと思う。見たという記事や人の話は聞いている。」と自分も目撃できたらという夢を持っていることを打ち明けた。

「現在の日本には、政府レベルの研究機関はまだないが、いずれこのような夢を持った政府機関を持ちたいと思う。」と語り、首相がUFOに並々ならぬ関心を抱いていることが分かった。総理の今後の手腕に期待すると共に、UFOの国際間における共同研究を進めてもらいたい。

参考文献 報知新聞 1989年12月22日付け(スクラップ)

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日本航空寺内機長の目撃証言(肉声)

010701sonota383-trans地上のレーダーに、飛行機に近い灯火を持ったものが我々の左前方を飛んでいるから、レーダーで発見してくれと何回も言ったけれども、レーダーの方は、そういうものは全然写ってないと言われたんです。

軍用機でもないし、7~8分見ていたと思うんですが、飛行機の動きが通常のものとは全く違う動きなので、それで、これが世にいうUFOと思いました。

約150メートルから300メートルくらいで我々の目前に2機のUFOが現れて、ライトをピカピカ照らしてね、空中で完全に停止したんです。我々は大体900キロ位で飛んでいますから、我々と同じ等速運動にするためにはもう相当なエネルギーが必要なわけです。

それで、猛烈な逆噴射をしたと思ったら、3秒から7秒くらい異常な明かりを発して、操縦席は真昼間みたいになったので、皆驚いていたんです。

もし人間が考えられる乗り物であれば、まず我々の目前で空中分解で、乗っている生物は即死です。ですから彼らは慣性とか重力とかは完全にコントロールされている。ほんと我々の次元の問題じゃない。

参考文献 1989年1月16日から31日までNTTUFOテレフォンサービスで提供されたものです。談話は実際のごく一部です。(多少文言を分かりやすく訂正しています。)

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UFOもいいけど、飯野つるし雛もいいの

UFOの里とは、福島市飯野町全体のことを言います。だからと言ってUFOだけではありません。いっぱい良いところがあります。今回は福島市飯野町の良いところを紹介したいと思います。

今回紹介するのは、飯野つるし雛です。

つるし飾りは、古くは江戸時代後期から伝わる伝統行事です。昔から子供や孫の幸せを願って作られてきました。思い出の古布(和布)やハギレなどで母や祖母が一つ一つの形を作り、縫いあげてできたつるし飾りを、女の子の無事な成長に願いを込めて飾ります。

ぬいぐるみにはそれぞれ意味があり、桃には邪気を払い延命長寿、兎には赤い目の呪力があり、病気を治すと言われるなど、それぞれに願いが込められています。

飯野つるし雛まつりは、毎年2月から3月にかけ、飯野町商店街を中心に開催されています。時期的にまだ早いと思われるでしょうが、一年を通して、その日のために大事に作られるものなんです。

飯野つるし雛まつりの来年の日程等は、またここでも紹介できたらと考えています。

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ホプキンスビル事件

s-ホプキンスビル2未亡人グレーニー・ランクフォードとその息子のエルマー・ラッキー・サットンがアメリカケンタッキー州ホプキンスビルの農場を借りていたことから、友人やその子供たちがその農場を訪れました。

その中の一人、ビリーテイラーは、1955年8月21日午後7時ごろ、家の外の井戸に水汲みに出かけたとき、さまざまな色の光を虹のように発光したUFOを目撃しました。ビリーは、農場に戻ってその話をしましたが、流れ星だろうと、誰も取り合ってくれませんでした。

それから1時間後、犬のけたたましく吠え、ビリーとサットンが銃を携えて外の様子をうかがうと、宇宙人が農場に接近していました。

宇宙人は身長1メートル、大きな頭で髪は1本もなく、黄色い目で人間よりもずっと大きく、耳は巨大で、象のような耳でした。

6メートルほど接近したとき、ビリーとサットンは宇宙人を銃撃しましたが、宇宙人はピョンと跳ねてとんぼ返りし、普通は2本足で歩行しますが、銃撃されると4本足になってものすごいスピードで逃げ去りました。そのときの時間は、午後11時ごろでした。

参考文献 グリーンアロー出版社 宇宙人大図鑑

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星さんと「空飛ぶ円盤研究会」

010701sonota382-trans星新一氏との関係を荒井欣一さんが書いています。

「UFO同窓会」と聞きなれない大変珍しい会が、今回の「UFOフェスティバル76」の一環として9月23日、霞が関ビル35階の天星苑で催された。集まったのはUFO愛好会約50名、その中には元「日本空飛ぶ円盤研究会」の会員を中心に若い研究者達や、飛び入りの参加者もあり、元会員達の久しぶりでの再会などもあって、和気あいあいのうちに会は進行した。

司会役の私は、まず若手のUFO研究者数名を紹介し終わって、今回の同窓会に多忙を割いて参加してくださった星さんにも何かひとこととお話しをお願いした。星さんは快く引き受けられて一段高くなった檀上から、いつものようなあの柔和な顔と独特の語り口で話しだされた。(中略)

星さんは円盤研究会に入会されてから、柴野拓美氏が創設した「科学創作クラブ」のメンバーになられ、「セキストラ」が大下宇陀児氏に認められて、一躍文壇に乗り出された訳だが、設立された頃の科学創作クラブの主要メンバーの多くの人が円盤研究会の会員だったこともあり、円盤研究会が母体になったという考え方をされる方もいる。

こんなこともあり、星さんの冒頭の挨拶が、「私が今日あるのは荒井さんのおかげです。」という言葉になったのかもしれないが、星氏の現在は御自身の努力と才能の結実したものである。今後、氏の作品の中に「空飛ぶ円盤」が度々登場することを切に願うものである。

参考文献 UFOライブラリー取扱記事(発行日等は不明です。)

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機関誌「宇宙機」第2号の発行にあたって

010701sonota380-trans日本空飛ぶ円盤研究会のアドバイザー北村小松氏は、早速、機関誌第2号に原稿を寄せられた。その内容は今後の機関誌の編集方針と合致するものだった。

「空飛ぶ円盤研究会に寄せて」という一文の一部を紹介しよう。

「天動説を捨てなければ地動説は成立しなかった。ところが、近代宇宙物理学は、我々に捨てきれない色々なものを根強く植え付けている。ここのところが円盤研究に一番難しい関所だと思う。我々はいたずらな興味にだけ惑わされない冷静な心が必要である。

しかし、受け入れるべきものは受入れる寛大な心も必要である。そういう意味で、「円盤研究会」は、オーソドックスな学者達が手をつけたがないものの色々なデータを積上げて、将来への基盤をしっかり築いて頂きたい。」と激励の言葉を述べられている。

参考文献 日本空飛ぶ円盤研究会設立 JFSA活動秘話 日本空飛ぶ円盤史(2)

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第1回空飛ぶ円盤研究座談会

s-hand_monkey_drinking第1回「空飛ぶ円盤研究座談会」は、11月4日、五反田の水野食堂2階におけて、約30人の会員が参集、責任者荒井氏司会のもとに開かれ、活発は意見の交換が行われた。

当日は特に円盤については古くから研究され、しばしば発表され円盤研究の第一人者である北村小松氏の来会を得て、貴重な諸外国の文献なども見せていただき、非常に得るところがあった。

またその上で、日本初の宇宙映画「宇宙人東京に現る」をプロデュースした中代富士男氏も五反田大映の支配人と共に御来会下さり、技術上あるいはストーリーの内幕ばなしを興味深く話していただき、特に企画中の第2回目宇宙映画の構想に一同聞きほれ、同時に宇宙機への関心を高めて成功裡に第1回の会合を終えた。

参考文献 空飛ぶ円盤研究会機関誌 宇宙機創刊号(1956年7月1日付け)

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大統領のメッセージ

010701sonota378-trans1985年ジュネーブで開かれた米・レーガン大統領とソ連・ゴルバチョフ書記長の首脳会談は、SDI(宇宙防衛戦略構想)いわゆる「スターウォーズ構想」について5年にわたって秘密会談が行われました。

そして、1985年12月4日、メリーランド州フォールトンで、レーガン大統領は、「もし宇宙人の種族がこの地球にやってきて、我々に脅威を及ぼすような事態が起こったら、我々は一致協力してこれに当たらなければならない。」と演説しました。

1987年9月21日第42回国連総会でも、レーガン大統領は、「地球外から来た宇宙人による脅威に直面したら、世界中の国々でのいろいろな行き違いは直ちに消滅してしまうだろう。」と同じ趣旨の演説をしました。

また、ゴルバチョフ書記長も、1987年2月16日、クレムリンのソ連共産党中央委員会で全く同じ演説をしました。「ジュネーブでのレーガン大統領との首脳会談で、レーガン大統領は、もし宇宙人による侵略があったら、米国とソ連はお互いの戦力を結集してこの侵略に立ち向かわなければならないと言っている。私は時期尚早だと思うが、今から心の準備をしておくことが大切だと思う。」と語りました。

この当時何があったのでしょうか。気になります。

参考文献 学研 ムー11月NO384

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